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沖縄のうたは祈りから

沖縄の人々にとって歌うことは古来から生活の中の大切な営みの1つでした。奄美・沖縄本島・宮古・八重山・・それぞれの地方のそれぞれの島に昔から無数の歌が伝承されていますが、多くの場合それらは祭祀歌謡です。沖縄では祖先を崇めたり豊作を祈願する祭り事を毎年旧暦にしたがってとりおこないます。そのさいに神女がうたう古謡を聴くと、三線音楽の原点を感じるという方もいるでしょう。琉球王国時代に編纂された「おもろそうし」は王国に関する叙事的な歌謡ですが、祭祀のときに節をつけて歌われていたものです。現在では全国的に運動会のダンス演目となったエイサーも、本来は盆のための素朴な歌と舞でした。
  

中国から三線が伝来した時期は諸説あり明確ではないものの14c末頃ではないかといわれています。それまで歌われていた歌謡が形をととのえながら三線にのせて歌われるようになり、やがて芸術的ともいえる曲の数々が生み出され、王宮の士族(男性)を担い手として洗練されました。17c前半以降、何人かの名人が登場し、やがて楽譜が考案され、湛水流、安冨祖流、野村流の3流派が今日に伝えられています。三線曲は冠船行事(中国からの冊封使を歓待する行事)で催される舞踊や組踊の伴奏としても発展してきました。琉球王国で先人から受け継がれてきた音楽は現在では広く一般の人々に親しまれ、沖縄の人たちが精神的よりどころとするようなものでもあります。
  

代表的な曲「かぎやで風(カジャディフー)」は国王の御前で演奏された御前風(グジンフ)のひとつです。国王を讃え、国家の安泰や繁栄を願うこうした儀典曲もある一方、奄美や八重山を含む沖縄の地方の風物がうたわれた素朴な曲調のものもあります。また七・五調の大和風で闊達なもの、しっとりした情感にあふれる恋歌、壮重典雅で洗練された芸術曲など、美しいメロディー230曲あまりが工工四(クンクンシー)という楽譜におさめられ伝統的な規範をもって伝承されています。音階の面でみると琉球音階ばかりでなく律音階や律音階とのミックス型もあり、TV等で流れてくる沖縄メロディーのイメージとはやや異なる印象を持たれるかもしれません。

琉球古典音楽の演奏は三線を弾きながら琉歌(八・八・八・六調)をうたう"歌三線"、別の言葉でいうと「絃声一体」を基本とします。その演奏形態は数十名での斉唱、筝を伴奏とした三線の独唱が主で、あくまで歌を主体とします。 器楽曲としての発達はしなかったかわりに楽劇とのむすびつきは強く、伴奏楽器として箏(クトゥ)、笛、胡弓(クーチョー)、太鼓(テーク)が加わって舞踊や組踊の地方(地謡=ジウテーともいう)をします。舞踊ではいくつかの節を組み合わせた演奏、組踊では前奏部分を省いた歌いだしが独特で、琉歌はそれぞれの踊りや組踊の場面に応じたものに入れ替えられます。歌詞を入れ替えて歌うことも琉球古典音楽の大きな特徴です。そしてそれは独唱曲においてもいえることですが、どの歌詞で歌うのか、どのように表現するのか・・人それぞれの個性が歌に表れるため、お互いの“歌三線”に耳を傾けることも楽しみのひとつとなっています。


野村流保存会関東支部のホームページにも三線の歴史について解説があります。 
*試聴コーナーから琉球古典音楽の代表的な曲目のいくつかを部分的に試聴していただけます。(CD発売元、及び比嘉康春師匠のご了解のもとに掲載しております。) 

 

 

 

  

安富祖竹久先生「古典のこころ」とハチマチ(琉球王朝時代の装束)
2014年 東京大学留学生を招いてのイベント
同 英語版(ギラン・マット氏英訳)
2015年 参加演奏会
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